同志社大学商学部1回生の底力

昨日に引き続き、今月初旬に同志社大学で行った授業についての報告です。


6クラス、150名弱の若者達はとてもおしゃれ。「屈託のない」という言葉がぴったりのキラキラした都会的な学生達でした。

私がほれぼれする彼らの強みは2つ、新しいことを恐れない事、考えることを厭わない事です。

以前の記事で、この学生達の観察力や論理的思考について書きましたが、今回はクリティカル・シンキングを軸に彼らのディスカッションを報告しようと思います。この「クリティカル・シンキング」巷では「批判的思考」という和訳が広まっているようですが、私はそれには反対です。critical thinkingという概念はサクッとした名詞句には和訳できないと思っていまして。では何かというと。これは複数の要素を含んだ概念で、その中で私が好きなのが前提を疑う勇気、そして新しい意見を支える具体的な証拠を見つける力の2つです。

私が彼らに選んだのは、サンフランシスコにあるメキシカン・ミュージアムのコレクションのこの作品。

これまでこの絵画をみた受講者(ビジネスマンや大学の先生など)のほぼ全員と同様にかれらも最初は「この真ん中のベッドに寝ている人は病気」という意見から始め、次に「隣にいる人は看病しているお母さん」と人間関係にと視野を広げてゆく同じ道をたどりました。

その中で、とあるクラスでは、ひとりの学生の発言から、全員が絵の右下の人物像らしきものに注目し議論が続くという時間がありました。
「右下に病気の女性の息子が手持ち無沙汰でボールを持って遊んでいる」
「右下にいるのは、子供ではないと思う。なぜなら靴が革靴だから、この体の大きさから見るとこれは小学生、それも低学年だろうし、それがジーンズに革靴は履かないだろう」
「いや、これは大人だ。子供ではない、体全体のバランスがおかしい。身長が伸びない病気があると聞いたことがある、その患者さんだろう」

学生達のクリティカルシンキングは、私が出会った何人かの大人が見せた反応、斜に構えたり皮肉を言ったり冷笑したり、とはまるで違います。目の前のものを面白がりながら詳細かつ正確に自論を展開しようとします。それも軽やかに。


「手に持ってるもの、ボールじゃなくてハンバーグ」誰かが言いました。


学生達は「お前、アホかあ」とニコニコ笑顔
私「すばらしい!ユニーク、いいねえ。では、これがハンバーグだという具体的な証拠はこの絵の中のどこにありますか?」ハンバーグくんは、自分の意見が単なる面白ツッコミとしてではなく『優秀な意見』と認定されたことに戸惑いながらも真剣に証拠を探して論理的思考を働かせた発言をしてくれました。


すると、じっくりと彼の意見を聞いていた30名の誰しもがいうのです、「あかん、もうハンバーグ以外には見えない」「ほんとに」「どう見てもハンバーグやわ」


「直火焼きやわ」
どこからか声が。そして続きます
「そう思う証拠は、シーツに汁がついていないから。デミグラならしみになっているはず」
ここで30名余りのクラス全体がフワッと花が咲いたように納得と安堵と面白エネルギーと若さに包まれました。これを書きながらあの時の空気感を描写しようとする私の頭には、ドラゴンボールの1画面が。悟空が撃つ直前、手中のかめはめ波はあんな感じだっだったのではないかと想像しています。

終わりに、長い事「センセイ」と呼ばれてきた自分を顧みました。ガリレオガリレイだって、最初は「アホか」と言われたのです。私たち教育に携わるものは、このような『飛び道具のようなエネルギー』を大事にしていかないといけないと心から思います。

先生30年目にして、なんだか諦めモードに入っていた私の性根にカツを入れてもらった。同志社大学生商学部の1回生のみんな、君たちの底力はすごいよ!

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おかみほ
岡みほ ・米国VTS認定ファシリテーター/ スケッチノーター 「ビジュアリンガル」 代表 ・International Visual Literacy Association 会員 ・International Forum of Visual Practitioners 会員 ・ペットはカブトガニのジョン
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