終わった。
ルートの章のやり込みが終わった。
最後の問題の答えは−√3
感無量。


小学6年の時、自ら校長室に出向いて「僕ここには来ません宣言」をした息子もはや中学2年の終盤です。

彼の小学校時代は、全体に合わせるための過剰反応と、周りと同じように感じられない、もしくは割り切れない自分がどこかおかしいのではないかという不安に苦しみ抜いた長い期間でした。
もちろん当時は彼も自分の気持ちをこのように言語化できた訳ではありませんから、親子でお互いの気持ちを理解しよう、何に困っているのかを言語化させようと熱くなればなるほど親子げんかを繰り返しました。まるで嵐、それも真冬の日本海側、霙まじりのしぶきがテトラポットに叩きつけるような嵐の数年間は今思い出してもどっと疲れます。

校長室への単独訪問と宣言で両親が折れ、最終的に完全不登校を受け入れたのち、学校には日々の電話での登校意思の確認や宿題提出連絡をしないよう頼み説得し、最終的には管理職である校長教頭両先生を論破しました。

親としては「学校にきて勉強しないと将来がない」と不安を煽られ、学校側は責任問題になるのをおそれている、そこで私の意見のポイントは関与の完全拒否、我が家では「自家発電」と呼んでいる考えです。
小学校への具体的な要望はこれでした。
「学力は家でつけますので配布のプリント類も一切届けないでください。将来、学校がきちんと面倒を見なかったせいで進学もできないじゃないか、なんて絶対に言いませんから」


小学3−4年のときに「計算障害の可能性」を指摘された彼はいま、学校へ行く同級生よりほぼ1年早く様々な問題集の√の章を終えました。写真にある教材をかたっぱしからやる、という蹂躙作戦のような勉強方法で、最高難易度の問題集などはやっていません。

しかしながら、思春期になり自分の意思を強く主張するようになった息子と、母親が毎日顔を付き合わせて勉強会をすることは、私にとっても彼にとっても限界になってきているのも事実です。
それでも、彼に進学の道をつけないことには「論破」にはならないと思うのです。あと1年勉強会を続けて息子の高校への道を開いたら、その時初めて私の発言は意味を持ち、私は校長先生を論破したことになるのでしょう。

4年間かかって『論破』する
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おかみほ
岡みほ ・米国VTS認定ファシリテーター/ スケッチノーター 「ビジュアリンガル」 代表 ・International Visual Literacy Association 会員 ・International Forum of Visual Practitioners 会員 ・ペットはカブトガニのジョン
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