グラフィックレコーディングとは感知力だ

情報の可視化visualizationの世界最高峰の1つ
ドイツのビカブロ・アカデミーにて4日間連続のグラフィックレコーディング講習をうけている。これが私の卒業制作。


壁一面の大きさで横は2メートルくらいある。模造紙は薄いので、ロールの上質紙をカットして使っている。


当然ZOOMでの講座なので、このレコーディングの元になっている模擬会議もZOOMで行われていた。内容は、基調講演→パネルディスカッション→グループワークの後のそれぞれの代表者のまとめ発表 だった。


「ここで次のブロックに移っていいのか?もしかして会議の構成を間違えて分割表示しているのだろうか?」とおびえたのはパネルディスカッションへの移行。


リアルであれば、椅子を運んだり、数名の登場人物が現れて紹介されたりするのだろうが、昨日のもののモデルは、昨今普通になったZOOMを使って社員150名が一度に介するというもの。基調講演からパネルディスカッションへの流れに「貴重なお話をありがとうございました、ではパネルディスカッションにうつります」などの案内がなかった。(ふと思う、こう言った司会者業の方もコロナで仕事が激減しているのではないだろうか、、)プロの司会の代わりに、それにたけた社員が進行をする場合、リアルほど格式ばっていないのも当然だろう。


会議の参加者(Macのグリッドのなか)に背を向けながら、同時進行で描く。注意深く耳を済ませながら、キーコンセプトを書いてゆく。


やっとわかったぞ。
グラフィックレコーディングがうまくなりたかったら、やることは2つ、
1)美術の腕を上げる
    デッサン、色彩、レタリングなど
2)情報を処理する能力をみがく

すくなくとも①がある程度までいかないと
自分が作り上げたいと思うものには届かないのだと、薄々思っていたことが正解だった。


なら簡単だ、これまでと同じことを続けるだけだ。毎日のドローイングとレタリングの練習、そして色彩の本を読んでまとめることとアイコンを集めて脳に蓄積するまで繰り返し描く、
小学生の「漢ド」「計ド」のように。



4日間のグラフィックレコーディングのブートキャンプ 1日目

コロナが流行して以来、
主催イベントも開けず、講師として呼ばれても
キャンセルになったり、キャンセルしたり、
リアル対面は無理ですから、Zoom対応で、いえいえそれは効果半減ですよ、じゃあ先延ばしにしましょう先生、などと言われる日々。
現在話し合っているのは来年春のプログラムだったりする。


そんな中、Zoomだからこそ、世界に出て行って学べる、という面白さと喜びを享受もしている。

昨日から4日間、ドイツの老舗ビカブロという会社のトレーニング。コーチはドイツの3名、参加者は16名、アジアはわたしただひとり。クラスメートはベルギー(貴族)、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、スイス、など主にヨーロッパから。


始まってすぐ、チェックインのあとはブレイクアウトルーム。「ヘッドラインについてお互いのもつ知識を教え合おう」こんな時「いや、私素人なんで知りませんよ、恐れ多いです」と逃げるわけにはいかない、相手に失礼だ。みんなが持っている、今まで蓄えた知識を教え合う、そして集団になったとき、またそれを教え合う、『コレクティブラーニング』だ。先生が一方的に講義をする授業スタイルより多くのことが学べるとされている。私もそう思う。


「日本は結構ひどそうだね?」とベルギーの貴族が心配してくれる。「こっちも数日前からまたロックダウンさ」とドイツのトレーナーが言う。時差こそあれ、みんなが同じ大変さを共有しているのが不思議な気がする。


一度始まると5時間の長丁場。しかし休憩のタイミングとよく寝られたインタラクティブな内容で全くだれないで突っ走れる。1日目はA4の紙を47枚使った。明日からは壁に貼った模造紙になる。夜中の2時まで作業、発表、振り返りの繰り返し。それにしてもよくできたプログラム、経験豊かで心配りも素晴らしいトレーナー陣、そしてやる気溢れる仲間たち、こん何楽しくて緊張して充実している時間はリアルでもそうはない。さあ、いろんなことに感謝して今日も壁に模造紙を貼り、マジックの色を揃え、パステルを用意しよう。水を飲むように、空気を吸うようになんでも吸収したい、そう切望する。

世界中から冬のお祝い

ドイツにあるビカブロという会社は、グラフィックファシリテーション やレコーディングで世界1の充実度。そこのトレーニングをうけた人は同窓会に入れます。9月にビジュアル・ストーリー・テリングという講座をうけた私もその1人。



今日はその同窓会のイベント、Global Bikablo Sessionが昨日の午後11時から2時間開催されました。

まずは60名のみんなでピクトグラムを練習するウオームアップ。その後は各国のクリスマスや新年のお祝いをアイコンにデザインして描く。最後にはそれを使って「私の国の冬のお祝い」をスピーチ発表する。その後、各自作品の写真を撮ってアプリにアップロードしてみんなで見る。(写真はその一部)


英語とスペイン語と中国語とドイツ語が飛び交う。私の最初のブレイクアウトルームは英語が話せないという中国女性。「いいよいいよ」とお互いにiPad に漢字を書いてコミュニケーション。問題ありません、漢字の国同士。


びっくりしたのは、中国では割といろんなアプリが禁止されていること。「アップロードできないわ、禁止されているみたい」とチャットが入ってきたり。


2つ目のブレイクアウトルームでは、スペインの女性とペア。彼女も英語が苦手だという。「英語でなんというのかわからないわ」とスペイン語を話すので、時々助けてあげたら「そうそう!それそれ!」と。マドリードにも除夜の鐘みたいなのがあって、特別な塔の鐘が12回なるそうな、1つごとに葡萄を1つぶ食べるそう。 途中で間違えてappleと言ってしまい、2人で「大晦日にりんご12個はきついわ、それも鐘が1回なる間に1個食べきらんとあかんなんて命に関わるな」と大笑い。


私のネタでみんなにうけたのは、除夜の鐘の話。人間には108の煩悩がある、と「ご〜〜〜ん」と、トータルで108回鐘をつくのよ!と発表。ちなみに煩悩はevil passionsと表現しました。


参加国:ドイツ、中国、スロバニア、アルゼンチン、イタリア、フランス、イギリス、カナダ、アメリカ、スペイン、オランダ、スイス、ルーマニアなどなど。

今日も自室から世界に出かけて
楽しかったです。時差ボケがキツそうですが。




VTSルッククラブ

私がビジュアル・シンキング・ストラテジーを学んでいるのは
米国のvtsというNPO.

美術館やその他の教育機関と同じように
コロナで活動が制限され、オンラインへ移行
ほぼ毎週無料で
VTS Look Clubという講座を開催しています。

挙手しない限り指名されることはないので
英語に慣れている方は1度出席してみてはどうでしょうか。


詳細はこちらから
https://vtshome.org/calendar/event/a164P00000CfQSZQA3/

今年は現地の時間で16日が最終です。
日本時間では17日の朝ですね。


コロナが流行ってロックダウンが始まった後
始まったこのクラブは、寄付で成り立っており世界中に参加者がいます。
世界各国の時差に対応するため、月ごとに開催時間が変わります。
今月は午前7時始まりだったのでラクでした。
最も辛いのは夜中の1時−2時。

それでも、スーパースターであり友人であるVTSコーチに
V TSトレーナーのファシリテーション の技術を直に見られるのは至福のひととき。
“Hi, Miho, Good to see you.”という声も嬉しい



毎回出席するたび、A3のコピー用紙3枚以上のメモが手元に残ります。

日本語でも知らない言葉や使ってない
(難しくて使えない)言葉はたくさんあります、ましてや英語ではさらに多い。
6年半の応用言語学の勉強ですっかり言語の魅力に取り憑かれ続けて30年。
私にとってこのメモは、言葉の宝石箱です。

勉強は楽しくないものか

中学2年の息子は小学校6年から
完全に不登校になった。

6年になったある日、
「オレ、いってくる、」
どこへ?
「校長先生のところ、
 『もうここには来ません、
  勉強できないから』って
  言ってくる」

結局夫が駆け出す息子の後ろから
保護者としてついて行きました。

小学校6年になったばかりのこが
それだけの決心なら
それはもう受けてやらないと、
そう思いました。



それ以前から、必死に歯を食いしばって
学校に行っていたのは、親を苦しめないためだと
身長が私を越したあたりで聞かされました。




まずは勤務先と話し合い、
仕事を週1回に減らしました。
とにかく中学の数学を3年分、
全て教えられるようにやり込む時間が必要だったのです。

近所のカフェに毎日現れるアラフィフ、
受験生に混じり、くる日も来る日も
三角形の証明や二次関数を解く。

それでも最初のころは
やり込みが全然足りておらず
息子への授業で
「私には解けるのに、
なぜお前には解けないのだ」
という教師としては最低の言葉をはいて。



自分がわかっているのと
それを生徒にわかりやすく伝えられるのは
全くもって違う。レベルが違います、
認知とメタ認知ほど違います。

私立文系の私の数学は数1で終了しています。
ちょっとでも上のレベルの視野で指導できるには、、
そう考え、ひとつの項目につき
問題集や参考書の4−5冊を前もって解いておきました。(私の趣味は教材研究です)
すると、つまづきそうなところが予測でき
息子向けの説明の仕方、個別指導案ができるようになりました。
たとえば、
昆虫が好きなので素数では素数蝉の話をしよう、
濃度算では息子が描いている日本画の岩絵具の話だ、
粉状の鉱物を膠で溶かす際、
数々ある粒の大きさからなぜそれを選ぶのか、
キャンバス上で沈殿するからだよね、の話から導入しようなど。

なにより、
メタ認知できていない自分の浅はかさを
「普通、このくらいできるだろ」
などと暴言で隠す必要がなくなりました。

一方、英語の授業は30年教えているし
それまでに日本でも米国でも、徹底的に
言語習得や応用言語学の論文をしこたま読み
レポートを書いているので教えるための『厚み』が全く違います。


そんなこんなで息子が自宅で学び初めて
3年が終わろうとしている今もほぼ毎日、
2人で数学と英語を勉強しています。


「算数がわからない」と頭を抱えていた息子、
今は文科省学習指導要領よりも
半年以上先取りになり、ルートの計算を
1人で楽しそうにこなしています。


そんな彼が昨日の勉強会中に言ったのがこれ

そう、
楽しいもんなんです、
学習とは。

同志社大学3日目

引き続き、3日間 6クラス、
およそのべ150名への
ビジュアル・シンキング・ストラテジーズ
の授業の報告。


今回は最終日3日目の あるクラスについて。
使用した絵画はこれ、



彼らは、この新しい教育にに果敢に挑み
自分なりの納得解を
論理的思考とクリティカルシンキングを味方に見つけた。
それを言語化して
さらに書くためには思考をかっちりとまとめる力も必要。

煩雑な作業を軽やかにこなせたのはきっと仲間の力、
それが近年ハーバード大やマサチューセッツ工科大ですすめられている
コラボレーティブラーニングです。
先生の講義だけより話し合った方が効果があるという考えに基づいています。



それでは皆さん、
同志社大学の学生達の気持ちを味わってください。

まずは
1分間この絵をじっくりと隅々まで観察します。
これはなんの場面なのか、
そう思う根拠はこの絵のどの部分なのかを探します。

そしてぜひ、あなたの観察とその根拠を
文字で書いてください。
すると、この学生達のレポートが
どれだけ素晴らしいのかが実感していただけ
未来は明るい、と心が軽くなるだろうから。


観察と根拠の書き出しをどうぞ
終わってからはじめて、絵の下から始まる学生達の観察レポートをご覧ください。






同志社大学3日目の学生達の観察レポートより

「ベッドに横になっている人は既に死んでいる周りの人も死んでいる、

その根拠は周りの人たちに影がないから。彼らはこの家で暮らしていた人か?→推測 」

「(宗教的なものかもしれないが)部屋の壁に
 遺影や十字架を飾っているのは絵的に意味が
 あるはず」

「この人たちは出かける前かとはじめは思ったが、実は病気。こっちの方が説明の信憑性がある」

「机の上のは酒(二日酔い)」


「左下の小瓶、誰かが薬じゃなくてウイスキーと言ってからそうとしか見えない! 
二日酔い説」

「血縁」

「根拠は左下のビン、おそらく薬、量が少ないということは軽症?軽症説濃厚、」


「右上の椅子らしきものの上に黒いバック、
病気で寝ている人のおばさんが急いでやってきて看病しにきた。 
なぜ母親ではなく叔母かというと、右上角のピンク色の服、糸がほつれているけど直されていない、母やったらなおす」

「看病している(家族に見守られている)
 根拠:左下に薬らしきものがある
    服がほつれている、
    ミシンがここにあるのだから
    外出するなら修繕するはず」

「赤い服の女の人、なんか葉っぱみたいなもん持ってるな。小さな男の子もなんか持ってる、何を持ってるんだろう。
しんどそうな(寝ている)女のひとにプレゼントして元気を与えようとしている人かな?」

「病気・危篤状態??
 テーブルの上に薬、ベッドの近くにお香っぽいもの。お母さんが手に葉を持ってる。祈祷のため? 
部屋が少し散乱している」

「ベッドの上に両親の遺影、タンスの上に旦那の遺影。奥さんが旦那に先立たれた悲しみで寝込む。
看病する親戚のおばさんと、旦那がなくなったことも含めて何も事情を知らない息子」

「(はじめは)病人説
  今は妊婦説、
  おばさんが助産師にみえる、
  子供が見守っている」

「温かそう、根拠は服装、2人とも半袖、
 多分、女2、男1
 病気の人?ちょっと微笑んでいる?案外楽
 黒の鞄、誰の私物、そもそも誰の部屋?」

「看病されてる?
  ↓
 死んでる?
  ↓
 薬が置いてある
 サンダルが置いたまま
  ↓
 ちょっと前に体調が崩れた」

「死→病気→寝坊。
 根拠はベッド横の瓶、酒?」

「はじめは看病しているかと思った、
 死んでいるのかも、いや目が開いている、
 ということは生きている。

 人が不自然、
 もしかして人形?
 根拠はサイズかんがおかしいから。
 
 これは人間ではなく、
 人形の世界」


どうでしたか?きっと、自分の観察との違いや類似点を発見したり
学生の考えを読むにつれ、自分の思考が移り変わるのを実感してもらえたのではないでしょうか。


このシリーズは続きます

体内時計をドイツに合わせる

もうすぐグラフィック・レコーディングの講座が始まる

Bikablo(ビカブロ)という、ドイツ本社で
ビジュアルプラクティスの老舗、
私はここが世界の頂点だと思っている。


ここが作っているマーカーは日本では発売されていなくてグラフィック・ファシリテーション や
グラフィックレコーディングをやっている人の憧れだ。
色のセットの選び方が秀逸、インクの色も日本のものとは違う透き通った美しさだ。


前回は9月に別の講座を受けた
ビジュアル・ストーリー・テリングというもの。
どんな場面でも「アピールできるストーリー」を持っていてそれを効果的に可視化できたら最強だよね
というものだったと理解している。


1日5時間の3.5日間には
前回の仲間がたくさんいる。
モナコからドイツから、
フランスにベルギーにアメリカにペルーなど、
アジアからはまたもや私だけ。

そらそうだ、夜の9時から朝の2時まで、
かなり深い時間帯だ。

みんな結構英語が苦手なのもラブリー。
「これ英語でなんていうのかわからないけど、、」と
誰かがいうとみんなが助ける。
個人発表もペア発表もある、
最後には卒業制作の発表会だ。


コロナは本当に大変な災いだ、
そんな中ZOOMで世界に出て行って
国を代表するビジュアル・プラクティショナー達と
クラスメートとして学ぶ機会がある。


このところの私には
人のやらないことをやっていないと
いざという時「腹に力が入らない」
そんな恐怖がある。

もちろん、こうやって学ぶ中で
世界中のグラフィックレコーダーやファシリテーターやコーチと友達になってやりとりが続くのが楽しい。

よし、
だんだんドイツ時間になってきているようだ、
私の体内時計は。

レンタル畑3年目

近所に小さな畑を借りている。

中学2年の息子は、全く学習塾に行っていない
何箇所か行ってみたけれど、合わなかった。
彼にはLDがある、小さい文字が書けない。

それ以外は全く何も困るところはない、
強いていうなら、同調圧力が無理なだけだ。

そんなことが理由で「学び」に集中できる時期を
ぼんやり過ごすのはもったいない。
ある年齢になれば「学生」というステイタスは選択肢から消え
生活してゆくためにお金を稼がないといけない。

学校の机が卓球台半分くらい大きいなら
まだ行けたかもしれないが。
いや、合わないだろう、合わないと本人が言っている。

毎日親子で英語と数学を勉強して年が終わろうとしている。
「計算障害かも」と言われていた彼はいま、
ルートの計算をバリバリ1人で解いている。

畑は「生物」の代わりでもあり、人格形成の場でもある。
世話をしないとうまく育たない、精魂込めても全然育たなかったものもある。
理由がわからない、不条理だ、それをいっぱい経験してきた彼は
来年、自宅玄関先に「バケツ稲作」をするそうだ。
なんでもとことんやってくれ。
お世話になっている米農家にメールを送る
「できれば種もみを売ってください」

写真のものは今日収穫したばかりの「黄金カブ」
お鍋にしたら食した夫が言った
「こんなにうまいカブ、食べたことないわ」


新鮮な野菜から出る旨味と畑作業は中毒になリます。

メタ認知を鍛える

今年もアカデミックコーチとして
高校生を担当している。

彼女から
「こんなに楽しい英検対策は初めてです!」と
メールをいただいた。舞い上がりそうになる自分の心を戒める。
この本を読んだ後、私のアプローチの何かが変わったようだ。

私は試験対策はスポーツだと思っている。
味気ない反復練習が避けて通れない。

だったら少しでも生徒が取り組めるようにと
日々の教材研究とクリエイティブな部分を見出すことに全力を注ぐ。
2人の学びのテンポが揃馬でには居心地の悪い3回くらいの授業がある。

ひとたびお互いの信頼が満ちたら、
あとはひたすら伴走者として一緒に勉強する、
同じ立ち位置で、をモットーにして30年やってきた

何か少しでも「暗記訓練」以外のアプローチはできないだろうか、
そう思ってこの本を読んでみた。
学習者がメタ認知で自分の学習状況をみられるようになったら随分とスムーズに勉強が進んで
成績がかなりよくなったという実例が多数掲載されている良書だった。

これを読んで、新鮮な気持ちで準備した作戦が成功した。
私の仕事は、気持ちよく勉強してもらってナンボだと心底思う。

同志社大学2日目

おとといの2つのグループの観察レポートを大学に置き忘れてしまいました。ごめんなさい、明日には文字起こしします。あの日も膝を打つ観察やおもしろい意訳がありました、ハンバーグとかね。

ビジュアルシンキングストラテジーズで
使った絵画情報です。



みんなの観察をいくつか抜粋、

「鞄は誰の私物? そもそも誰の部屋?」
「死んでる? 病気? 寝坊?」
「これは人形の世界、根拠はサイズ感のおかしさ」
「ベッドサイドにあるのは薬?酒?毒?」
「病気は回復傾向、根拠は周りの色合い、(明るい)」
「十字架とベッドの感じから孤児院?」
「人形説」
「サイズがチャーリー」
「寝ている人と傍にいるこの関係性の根拠がつかめない」
「服が半袖、暖かい、アフリカ?いや東南アジア、
根拠は模様から」
「先進国では無いか古い時代、根拠はミシンが古いから」「目が開いているということは深刻な病状では無い」
「草はおまじないか、草は結局なんなん?」
「病気?妊娠?男の子は子供なのか?体のバランスと
顔つきが大人っぽい」
「寝てる人女に見えたけど根拠が見つからない、、女かも
「家族か?」
「旅行する予定やったけど熱で中止になった」
「死んでる?生きてる?」
「目、開いてるから案外深刻じゃないかも」
「右下の煙、ベッドの植物は呪術、おまじない」

 いや、ほんまに素晴らしい、みんな






今日も京都の同志社大学で
外部講師として2クラスを担当。


一昨日も感じたことを
さらに一層強く感じた。

みんな、可能性のかたまりやわ。


とても自由で真摯で好奇心がいっぱい、
この程度でいいわ、と投げ出さない思考、
曖昧なものに立ち向かう勇気と
自分なりの腹落ち感。
疑問で終わっても大丈夫、という
クールな軽やかさ。



先日、とある大きな企業の方に、この、
ビジュアルシンキングストラテジーズについて
「これはやり方を変えないとダメですよ
日本人で自分で考えてる人間なんて
いませんからね」と一蹴された。

深い、ふかい諦めが透けて見えた。



どうぞ今回出会っている若者達よ
今持っている柔らかな思考を
手放さないで欲しい、と願う。
『シンニホン』を読んで以来
若い人たちへの期待が高まっていたが
この2日間で、確信に変わってきている
「彼らは絶対に活躍できる」
必要なのは土壌だ、
柔軟な思考をよしとする風土。

さあ、
私に何ができるのか。
どうすれば
こんな素敵な若者たちの援護射撃ができるのか
この2日間出会った同志社大学の
魅力的なみんなの顔を
思い浮かべながら考えている。

さあ、明日で私の講義は修了、
出会えたことに感謝しかありません。