ファシリテーション スキル「ほめない」


昨日のVTS(ビジュアルシンキングストラテジーズ)の練習会の話の続きです。


私が学んでいる機関は米国カリフォルニア州にある『VTS』というNGOです。全米の美術館での教育だけでなく、ファシリテーターを小中高に大学、大学院、企業と派遣しています。私もいつか派遣されたい、そう夢見てメタ認知やクリティカルシンキングについての論文を読み、教育実習でファシリテーション スキルを強化するために精進しております。


2人の仲間によるvtsディスカッションが終了し全員が「いやすべらんなあ」?と
この教育の奥深さ、おもしろさの余韻に浸っている時、弁護士のエマが言った、



「ねえ、今のファシリテーション 、
 みんなをめっちゃほめてたよねえ
 
 でも、私たち、講習で習わなかった?
 『ほめるのはダメです』
 『完全に中立の立場で議論が回るように』
 って」




さすがだ、
こうあるべきだ。
学習する組織として
コレクティブラーニングとしては
「楽しかったわあ」や
「すべらんなあ」で終わってはいけなかった。





確かに。
それは私の課題でもあるし、謎でもある。



教師生活31年、一方的に講義する授業ではなく
アクティブラーニングにこだわってきた自負はある。

だがしかし、その回し方に問題がある。
ほめないと、生徒は参加者は自発的に発言しないのではないか?
したとしても、その発言は当たり障りのないことに終始するのではないか?



先日受講した子供国連の伊澤さんのセミナーで
忘れられないひとことが思い出される、
テーマは問いの立て方。
「このような問いの立て方をすると、生徒と先生の関係において忖度がうまれやすい」



ミシガン州立大学の附属図書館の教育司書であるアンのファシリテーション スタイルは、私のものと同じ:だれも彼もかたっぱしからほめる。そして楽しい学びの場を引っ張ってゆく。





これが自分のスタイルなんだと、私がはしゃがないでどう盛り上がるのだ、授業が、そう思ってきた。いや、近年は「言い聞かせてきた」と言った方がいい。

やはり、忖度は起きている。
同志社大学で授業をさせてもらった時、
思い知った。学生みんな、私に気を遣ってくれていた。力不足。みんな、申し訳ない。





本部には『VTSコーチ』や『VTS トレーナー』という肩書きをもつ人たちがいる。私がこれまで受講した2つの講座で、その神業を目の当たりにした。そのうちの1人は私のアメリカの母校の近くに住んでいる。彼女はh、ひとたびvtsディスカッションが始まるとにこりともしない。最初は、その反応のなさに「私の答えは受け入れられてないのだろか?」と思い不安になる、手をあげて発表したことを後悔する。 でも私の発言を、彼女がメタ言語で言い換えると自分が光が輝いている気がする、誇らしさでいっぱいになる。なんだろう、これ。



薄々気がついてはいる、
たぶん、それはファシリテーション スキルの差


3月から1ヶ月半の講習に申し込んだ。
VTSコーチになるための講習。
私のテーマは
「ほめない、はしゃがないファシリテーション 」技術を身につけたい。心からそう思う。










 

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おかみほ
岡みほ ・米国VTS認定ファシリテーター/ スケッチノーター 「ビジュアリンガル」 代表 ・International Visual Literacy Association 会員 ・International Forum of Visual Practitioners 会員 ・ペットはカブトガニのジョン
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