グラフィックファシリテーションを学び、
企業研修でそれを使っている夫が言うには
「起こったことはなんでも受け入れる」だそう。


私はVTSファシリテーターだから
同じように、起こったことはなんでも受け入れるべきか?
しばらく悩んでいた。

受け入れたくはない、
受け入れてしまうと
ディスカッションをつぶしてしまう発言だってある。
でも、全て受け入れる先生たちもいる、
どうするべきか悩んでいた。


アメリカのvts本部が行なっている勉強会は毎週
オンラインで開催されている。そこで、私が
抱えていた問題が浮き彫りになった。

絵の出自をあてにくる人が日本でも西洋でも
一定数いるのだ。

今日も「この絵の作者は丸々だ、
僕は修士論文をその作品について書いたからね、
知っているんだよ」

一昨日、日本で私が開催した時も同じことが起きた
「これって有名な絵ですよね、丸々の」

この発言ひとつで場がしらける。
アート作品を1つみんなで観察して
そこで発表するべきは
「自分の考え方」であり
西洋絵画の歴史でも作者についてのウンチクでもない。
私はVTSがアート作品を扱っているのは
たまたま都合がよかったから に過ぎないと思っている。

開発元が美術館で、リソースがあったから。
そして、正解がないから、考えを巡らせるのに適しているから。




今度からこういう放送事故みたいな発言がでたら
介入しようと思う。クリティカルクエスチョンという手法で
発言者を守りながら突っついてみて、それでも気づかない場合は
自分がお手本を見せようと思う、
自分の意見を言うなんて
ファシリテーターとしては完全に失格だけれど
せっかくの一期一会の機会だ、
集まった人たちに学びがなければ
全員に申しわけがない。

みんな、限りある人生のうちの何時間かをこのために消費してくれているのだから。




My style of facilitation


Sometimes during a VTS discussion,
I see people who talk about the painters or
art history of the work we are discussing.

When that happens, the discussion dies.
It is because people regard it as a definite answer.
although guessing who the painter is is not the theme
or goal at all.

Since I have started being a VTS facilitator,
I have thought about how to handle the situation.

On one hand, I must remain neutral.
On the other hand, I am responsible for the learning.


Now, I have decided to check in more overtly
not to insult the speaker but to put the discussion
right back on the track, What I do will be …
yes, in the form of critical questions.


Looking back, the content of VTS coaching practicum
is so well-designed. To simply put, I love this pedagogy.

ファシリテーターの難しさ
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おかみほ
岡みほ ・米国VTS認定ファシリテーター/ スケッチノーター 「ビジュアリンガル」 代表 ・International Visual Literacy Association 会員 ・International Forum of Visual Practitioners 会員 ・ペットはカブトガニのジョン
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