アツイ気持ち

朝5時から世界の仲間とVTSの練習会だった。

ファシリテーターになる為の研修で出会った後幹事役をやってくれる貴重な存在のおかげで
すっぽかしたりしない精鋭が集まった勉強会は
はや半年。



今日は「あなたの噂話をしてたのよ、
褒めてたの」

それぞれの国ではどう言うの? とおしゃべりからスタート。

「アメリカではね、誰かがあなたの墓の上を歩いてる、って言う」

「トルコでは、耳鳴りがする、って言う。
 
 右耳ならいい話、イスラム教では右は神聖なものだから。 左は悪口」



こんな話をしてからファシリテーションの練習をした。

英語ってやっぱり世界を繋ぐなあ、と実感。






実はこの夏、私はもう一段ステップアップの審査を受ける。

vtsファシリテーターの上はvtsコーチだ。

コーチの仕事はファシリテーターを育てること

ファシリテーター育成ではない、それはvtsトレーナーの仕事。




そのためには、コーチとしての練習が必要な訳だが、それには英語を流暢に話す仲間が必要。

参加する学習者は多いほどよい。

何より難しいのが「流暢な英語でvtsファシリテーターとしてすでに活躍している人」を見つけることだ。


そこでこの勉強会の仲間にメールで相談したら
力強いサポートのメールが世界中から届いた。

そして今日の練習のはじめにも、
ミシガン州立大学附属図書館の特別司書であるアンが言った、

「ともだちに声かけてるから、絶対来てくれる人たちはいる」

トルコの大学教授のスナも
「この時間真夜中だけど、ジャーナリストの友人誘うわ」

そのほかにもあちこちの友人が動いてくれている。



アンが最後に言った、

“Don’t worry. We will get you certified.”

(心配せんとき、

 私たちがあなたをコーチに合格させるからね)




困ったら信頼できる友人に腹わって話す、

そしたら助けてくれる、

なんて素敵なのだろう。

筆記試験と実技試験に向けて頑張って準備しよう

仲間の熱い気持ちの後押しを受け堅い決心をしました。

毎週朝練vts

毎週1度、仲間4人でvtsのファシリテーター練習会をしている。
ミシガン州立大学の教育司書のアンと
トルコの大学教授、博士号をもつスナと
米国中西部の教育委員会のお偉いさんのアリソンとそして私。


米国vts本部でこれ迄4種類の研修を受けた
同じ時期に参加したクラスメイト達、
うち1人が言ってくれて始まった
「私、幹事やるから、練習会やる?
 せっかくの知識や技術を忘れるのいやだし
 もっと練習が必要だと思うから」


これまでに隔週で4ヶ月、
そうなると、やはり世界共通のちゃらんぽらんもいて、すっぽかしまくりの人たちもいる。


この友人達と知り合ってかれこれ1年になる、
日本には便利な「調整さん」があるけれど
全世界版は存在しない。
司書のアンはどこまでもきちんとしている。
エクセル7枚で「ここなら大丈夫」を記入する時間表を作ってくれた。

アメリカ、トルコ、日本。
アメリカ国内の2人の時差は1時間だからなんとでもなる。
問題は、トルコと日本。
どうしても、一致する時間が無い。
ああ、、、と思い悩んでメールを送る、
「朝4時スタートはしんどいけど
 4時半ならいけるよ」
トルコのスナからの返事は
「いいよ、みほ、いつもは10時には寝るけど
 この日だけ12時すぎて寝るわ。
 午後11時開始でいいよ」
ミシガンのアンは
「1年ぶりにキャンパスで仕事ができるわ!
 6時に図書館の鍵が閉まるけど
 私は退出自由だからいいよ、、その時間で」
そしてアリソンも「オンラインばっかりだから
 私は1番融通がきく。合わせるわ」


この4人で毎週1度集まって1時間vts練習をしたり世界について話し合ったり。
みんなはそれぞれ生徒がいる場所に勤務している。
私は生徒のいる場所から離れて開拓者になった。


閉塞感は世界全体に蔓延しているようだ、
それでも私の生命は減っていることだけは間違いない。
生かされているこの奇跡のうちに、
開拓するのだ。このマーベラスでおもろい教育の敷衍を。

vtsコーチング研修1 4回目



朝2時からの研修ですっかり体内時計が瀕死になっているアラフィフです。

講習4度目にして「vtsコーチ」として教育実習をしました。

zoomのブレイクアウトルームは6名、
・『vtsトレーナー』が1名、
・フランス人美大教授が1名、生徒役
・アメリカ人医学博士が1名、生徒役
・ポーランド人のビジネスパーソン1名、生徒役
・フランス人美術館学芸員、ファシリテーター役

私の役目はファシリテーターのコーチ、
vtsディスカッションを終えた後に効果的な問いなどで
ファシリテーターの学びを引出します。
気づかないことがあれば、
本人への問いや生徒たちへの問いで気づかせて
あくまでファシリテーター本人の学びと成長をサポートするのです。

そう、ここです!
「成長をサポートする」のです。
ああせい、こうせい、と先輩が経験値から教えるわけではなく
徹底的に支えながら成長を促す、
先生歴31年目の私がこれほどvtsという教育に入れ込んでいる
理由がここです。


これは自分の子育てでも感じたことにも関連し、
私の座右の銘でもある山本五十六氏のあの有名な言葉にも
ボトムラインはつながっていると思います。

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ
ほめてやらねば、人は動かじ。
話し合い、耳を傾け承認し、任せてやらねば人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば人は実らず。



さて、実際体験してみるとvtsコーチングというのは
メタ認知のもう1つ上、メタメタ認知とでも言えるよう。
ファシリテーターは、生徒たちの発言をメタ言語を使い
取りまとめて投げ返していきます。コーチはその全工程を
見守り、全体の流れを把握しながら、なおかつ
ファシリテーターの行動の良いところや改善点をメモするのです。
そして、最後に全体のふりかえりの時に
メタ認知と選び抜かれた問いを駆使し
ファシリテーターひとりのパフォーマンスを全体が
糾弾したり値踏みしたりすることなく
参加した誰しもが「よかったわ、学んだね、お腹いっぱい」
と思えるように場を支えながら引っ張っていきます。


U理論にも通じるしグラフィックファシリテーション にも
通じるところがある気がします。

vtsの講習はもう何度も受講してきました。
毎回その熱量と効果に感動。
「学びたい!」と思う人たちが世界中から集まっている集団の
中に身を置いていられるというのは光栄なことです。

さて、宿題宿題そしてvts関連の論文を全て読んでまとめよう。

VTSコーチへの道 第3回

さて、vtsコーチになるために米国vtsが開催している研修を
週に2度受けています。

月木の朝2時から4時まで。

毎回、教育実習(ファシリテーター役、コーチ役、生徒役になって
vtsディスカッション)と、宿題提出(ライティング)と
それに基づいた全員のディスカションがあります。


今回も1パラグラフ程度のライティングをgoogle classroomに
提出しなければなりません。あと8時間で提出期限。
もちろん全て英語です。
訳してみると、ライティングのお題は
「学びをサポートするプロセスとしてコーチングがユニークな点はどこか?」

「なぜ私たちはvtsファシリテーション を教えるために
 コーチングを使うのか?」
です。

毎回、vts教育の実践者としての「覚悟&決意表明」がお題です。
ファシリテーターになるための学習もそれはそれで
プレッシャーはありましたが、今回とは覚悟の度合いが違うというか。
今受けているのは、vtsファシリテーション を人に教える資格取得目的なので
メタ認知、一段上から俯瞰して分析や判断をしなくてはなりません。


日本でこの教育をどうしても広めたい、
応援してくれている協力してくれている沢山の方のためにも
何よりも、私の教育者人生の最後の大プロジェクトとして
たくさんの人たちの役に立ちたいと思う気持ちは燃えています、
体力はガタ落ちだけれど。

私がマスターしたら、日本でも広められる、
逃げずに立ち向かっていきます。

といいながら、貧乏ゆすりが数時間も止まらないのはなぜ、、、

『VTSコーチ』 ご存知ですか?

I am going to be living in Pacifit Timezone for a month.

これまで米国vts認定ファシリテーターとして活動してきた私ですが、
次は【vts認定コーチ】となるべく動き出しました。

今回の1ヶ月にわたる講習の目標は
①1on1のコーチングをvtsメソッドを使ってできるようになること。
②vtsファシリテーターにvtsメソッドを教えられるようになること。



コロナ禍で色々とできないことは多いけれども、
家にいながらすっごい教育が受けられるのは至福の極みです。

ただ、そのプレッシャーは相当なもの、
これまで以上の強者が集う講習、
ほとんどが英語のネイティブスピーカー、
加えて高学歴で芸術に造詣が深い、
そんな彼ら彼女らが使うボキャブラリーの中には
わからないものもあります。
vtsコーチになるための認定審査に必要な力は
私が彼らを相手に「vtsファシリテーション 」を教え
私の「指導」でファシリテーターがどう上手くなったかを
指導前/指導後の動画を撮影し本部に送らなければなりません。



これまでに受講した2回の講座(初級・上級講座)と同様に
「宿題晒し者」になる恐怖に慄く小心者がここにいます。
vtsのどの講習でもたくさんの論文を読みます(もちろん英語で)
これまでに読んだ中では
ヴィゴツキーの発達理論を読むのは快楽で、
ピアジェのビデオを見るのも、
ベルフッくスやアビゲイルハウゼンの論文を
読むのも幸せの極みだけれど、
それを踏まえ、vtsに関する問いに答えるエッセイは、
たったの1パラグラフしか許されません。

言葉と思考の精査に悶え苦しむのです。
それをグーグルクラスルームで提出、
瞬時にアップロードされ『晒し者』に。
クラスメートは美術館の学芸員や学校教諭、医師や弁護士、
その強者たちでさえ慄く宿題に加えて、
彼ら彼女らを生徒役に教育実習が3回あります。

さて、宿題の提出期限はクラス開始の2時間前、
1時間前あたりに世界中からアップロードが開始。
受講生みんなが出方を伺ってギリギリの攻防をしています。

1年間続く勉強仲間には、サウジアラビアに住む若い女性がいます。
女性の権利勝ち取るためにこの教育を学んで普及させるのが目的だと。
彼女も国内唯一人、私も同じ。
そんな世界中の仲間と苦労話ができる交流会が
今回も2度ほどあ利、顔見知りのファシリテーター仲間と
世界ではvtsメソッドをどう使っているのかの
情報交換をするのが楽しみです。

3月中は西海岸時間で生活する私、
その時差は17時間、
理解ある家族の協力を受けて楽しみます。

自分がわかっている VS わかりやすく人に伝える

今日一日論文ばかり読んでいた。
ビジュアルシンキングストラテジーズに関しての理解がどんどん深まっている。
論文を読んで気になったところを深ぼりし、横道に逸れてさらに掘り進む、
なんとか元のみちに戻ってみると、体系的に理解が進んでいて嬉しくなる、
興奮する。

でもそれが今すべきことじゃない。


論文を読んでいるのはもちろん英語、そして私の理解もメモも英語、
学生としては、学習者としてはそれでいいのだけれど
今私に求められているものは、ビジュアルシンキングストラテジーズのメカニズムを
わかりやすい日本語でまとめたぺらいちの紙。
これがなかった為にいろんなチャンスを失ってきた。

そのペライチさえあれば、この教育を日本で広めたいという私の悲願がかないやすくなる。


場所を借りるにしても、協力者を見つけるにしても、誰かとユニットを組むにしても
オンラインで講座を開設するにしても、絶対に必要だ。


私のvtsビジュアルシンキングストラテジーズは対話型鑑賞ではない。
米国の本部の先輩に尋ねた、
日本ではvtsはart appreciation dialogueと訳されていることが多いのですがどう思いますか?
返事は「それは私たちのvtsとは違う」だった
居合道や合気道と同じ、流派の違いだ。
色々あっていいと思う。


私の流派は鑑賞というよりもとんがっている。
具体的には、参加者の絵の解釈の根拠の強さや論理的思考の精度を要求する。
世界中で行われているこの流派のビジュアルシンキングストラテジーズは
クリティカルシンキングや問題解決能力などの思考スキルを身につけるための思考の訓練なのだ。






小難しいことを小難しいままで理解して、仲間内だけで盛り上がっているうちは普及などできない。それは楽しくてほっとする場だけれども。


私の夢はもっとたくさんの人たちにこの教育の底力を体験してもらうこと。
そして、
事実と解釈を切り分けることが習慣的にできるようになってほしい。


人生にはうまくいかない時もある。
そんな、問題や困難な出来事に直面したときにこそ役立つ力が身につくのがvtsだ。
落ち着いて状況証拠を集め、根拠を精査し、論理的思考を働かせれば後悔が少ない決断にたどり着けるだろう。



vtsにハマる前の私は、日常の些細なことですぐ慌てふためき、白か黒かだけの選択肢しか見えなかった。

そんなのだから
結局、自分の決断には深く失望し
自己評価が低いままで生きてきた。
自分の認知が歪んでいるなんて指摘されても信じられない、
まがりなりにもこれまでの人生を、ずっとこの認知と二人三脚で生きてきたのだ。
そんなふうに思い続けていた以前の私は、
客観的に自分を見るメタ認知なんてものとは全く縁のない人間だった。

1度しかない人生、それも限られた時間に生きる私たち、
そんな生き方はもったいなさすぎる。


カップラーメンを発明した安藤百福がモデルの朝ドラを思い出す、
開発にはとても苦労していたが、
完成品のデモンストレーションでお客さんは即理解できた、
「お湯をかけるだけで食べられる!」

私のvtsは目には見えないお湯もかけられない
物理的に商品がないのが辛い、
そんなことを思いながらまだこうやって英語の論文に逃げている。あかん!


MoMAでアートの勉強

あいかわらず、ZOOMで海外に出かけまくっています。今日はMoMA:ニューヨーク近代美術館が年に3度ほど開催するArt21という教育プログラム。

さすがブランド! 200人以上が参加したウエビナーでした。まずはお約束、みんながどこから参加しているのかをチャットでHello.

今日は東京からもおひとり参加、日本勢は2人でした。上のイメージは私のスケッチノートです。3人のアーティストがそえぞれのナラティゔをどう制作に生かしているのか、という話。

左のおじさまは哲学畑の方、右上のお姉さまは東インド会社や植民地の話をされてました。右下の方は、コロンビアで治安がとても悪い頃の話、連れ去られておそらくは殺されてしまった人たちの靴からの話。

時折、学芸員たちが投げかける質問に
世界中の参加者がチャットで答える形式でして
それぞれの捉え方の違いにほくほく。どの意見もいいねえ、と思いました。うまいなあ、この言い方、的確だなあ、と思うものやwonderfulと一言で終わるもの。私は後者なので、願わくば、私もダイヤモンドみたいにキラッキラの語彙や強くて硬い表現力がほしい!と痛感しました。

大好きなジェームスボールドウィンやマヤアンジェロウの話も出てきてああ嬉しい。


アメリカの大学で文学の授業を選択したときに
初めて出会ったナラティヴというジャンル、
私は大好きです。「ひとに歴史あり」という感じがするんです。

今日の話は個人レベルからさらに大きなスケールの話でした。発信力のあるアーティストだからそういった昇華ができるのだろうと、改めてアートのもつパワーにどっぷりつかった幸せな90分はあっという間でした。


私のVTSは美術的な知識はほとんど教えないスタイルで、やっぱり学校の先生たち向けに作られているのだなと認識。それならやっぱりファシリテーション 技術を磨くしかありません、やぱそうだな。

左脳を培養

一昨日からPCDAサイクルを回している。
「いまさら?」
いまさらです。


完全なる右脳人間の当方、
ロジックツリーを見ると具合が悪くなります。
同じツリー形状でも
マインドマップなら平気、
どこまでも枝が伸びます。


そんな私でも、必要に迫られました。
新規事業を立ち上げたものの、進まない。
本能と思いつきだけではダメだと完敗宣言。

毎晩毎朝、リフレクションの手法ORIDを使い
手がだるくなっても青ペンで書き出します。
なんなら脳に効くらしいノートも購入し
左脳に直接働きかけようと、、。


書いていくうちに、その効果に気づき、
ちょっと楽になりました、生きるのが。
これがおととし売れたあの本か、メモの魔術か。いや威力だったか?


私の日々のふりかえりは、日本語版のORIDの質問表をPC画面に映し、4段回の振り返り。気になったところはマインドマップ で深掘り。
するとキーワードが思いつくのでそれを検索。
昨日は学研のWebサイトに掲載された茂木健一郎さんのエッセイにたどり着きました。


グッときた言葉がこれ


「いい人」を演じなくても


 あなたの価値は


 変わらないのです。」




いいひとを演じている時、脳はダメージを受けているのですって。大事な臓器、商売道具、
それは困る。

少しでもバグを減らし、大切な臓器を守り長持ちさせるためにも、今日も回しますPCDA。
やっぱり流行り物とは番人が効果を認めたから流行るのだ。がんばれ、私の左脳!

なぜ「どうでしたか?」が愚問なのか


子供国連の伊澤さんのワークショップを受けて以来「問い」と「忖度」の関係性について考え続けている。


伊澤さん曰く
「授業やワークショップの後に
 『どうでしたか?』と聞くのは絶対だめ」と

「そんな粗い問いは、生徒に丸投げしてしまっている。そこでは忖度が働きやすく、生徒の答えは決まって
 『とってもよかったです』
 『目からウロコでした」とか
 本人は何がよかったのか認識できてない。」


お恥ずかしい話、教師生活31年私は自分の授業の後に、毎度きっちりこの問い
「どうでした?」を聞いて悦に入っていた。

さぶっ


伊澤さんの話だったか、それとも私が読んだ論文の情報を足したのか、ここからの話は出どころを忘れてしまったが説明したい。
忖度が起こるのは私たちが群れで暮らす動物だから、DNAに刻み込まれているというもの。

いわば、生き残るためのツールらしい。


そらそうだ。私たちは1人では生きていられない。仕事や学校には
同僚、同級生、上司に先生など多数の人間と接しなければならない。
不登校でも仕事をしていなくても、買い物に行くとレジに並ぶ。
セルフレジというみょうちくりんな英語のマシンを選んでも動作がうまくいってないと、係の人がとんでくる。


そうなるとできるだけ揉め事は起こしたくないはずだ。怒ることはエネルギーを使う。自分の本心を表現するには、深い内省と人に嫌われる、少なくともめんどくさい奴だ、と思われるリスクが生じるし。誰だっていい人だと思われたい。さらに、他のみんなが肯定的な空気を作り上げているところに、水を差すと、誰もがささっと帰れない。もっと嫌われる。

とはいえ、自分の尊厳を守ったり、無理な要求を突きつけられたときには、野生の動物だろうが人間だろうが闘う必要はあるわけで。

きっとそれはファイナルファンタジーで
クリティカル技が出るときの、赤いゲージの溜まり方のようなもんなんだろうと思う。私もいつか、クリティカル攻撃をヒットさせてみたいものだ。って誰に?


ちょっと最後は話がそれてしまいましたが、
どうしてワークショップ後の「どうでしたか?」では誰も本心を語らないのか、に対する
考察でした。

メタ認知スキルで傷つかない−2

さて、リモートワークショップを受けた際に先生が言った一言に反応した話の続きです。


「岡さんが英語のコミュニケーションの方が日本語より楽だというのは、母国語より制限がかかっているから楽なんじゃないですか?」



充実した講義が終了。
その後も、このことを頭の片隅に置いて考えていました。息子が小さい頃、口の中でずっとコーラ味のまん丸い飴をコロコロと転がしていたように。


無理をして書き出したりして結論や即答を急ぎませんでした。不思議です。今までの自分だったら、それは不安に直結するから嫌で嫌で、
力技で短絡的に(今思えば)ロジック破綻な答えをだし無理やりその分析が正しい、それしかないのだ、と思い込んで具合悪くなっていました。(書きながら相当恥ずかしいです)』




ではvtsがどう役に立ったのか?


これは、ts学習者としてではなく、
vtsファシリテーターとして獲得した力だと思います。ファシリテーターは3つの質問しかできません。私のコーチは常々言ってます、
「私たちvtsファシリテーターの武器は
 パラフレージングだけです」


受講者が絵画を観察し、言語化した発表を
ファシリテーターは単におうむ返しするだけではありません。メタ認知の力を使い、パラフレージング(言い換え)をして受講者グループに投げ返します。


さらに、受講者みなさんの意見を組み合わせたり対比させたりして、グループ全体でメタ認知が発動するように、もっていくのです。


私がこれまでのように、「もう、あの先生ひどい人、2度と会わないわ、サイアク」なんて思わず、「ためになったなあ、やっぱり人に教えてもらうって本を読むよりわかりやすいし楽しいなあ」と思えたのは、vtsファシリテーターとして80回以上の経験をつませてもらったからだと考えます。

来月から6週間にわたりvtsコーチになるための講座をオンラインで受けます。
時差がかなりきついけれど、好奇心がそれを上回る。

全編英語の上に、この教育に魅せられた志を同じくする旧知の仲間、
飛行機に乗らなくても本場のものが学べるとは!



vtsメソッドで訓練すると、
精神的幽体離脱が起こって
不必要に傷つかなくなる
それを体験した話でした。