vtsコーチング研修1 4回目



朝2時からの研修ですっかり体内時計が瀕死になっているアラフィフです。

講習4度目にして「vtsコーチ」として教育実習をしました。

zoomのブレイクアウトルームは6名、
・『vtsトレーナー』が1名、
・フランス人美大教授が1名、生徒役
・アメリカ人医学博士が1名、生徒役
・ポーランド人のビジネスパーソン1名、生徒役
・フランス人美術館学芸員、ファシリテーター役

私の役目はファシリテーターのコーチ、
vtsディスカッションを終えた後に効果的な問いなどで
ファシリテーターの学びを引出します。
気づかないことがあれば、
本人への問いや生徒たちへの問いで気づかせて
あくまでファシリテーター本人の学びと成長をサポートするのです。

そう、ここです!
「成長をサポートする」のです。
ああせい、こうせい、と先輩が経験値から教えるわけではなく
徹底的に支えながら成長を促す、
先生歴31年目の私がこれほどvtsという教育に入れ込んでいる
理由がここです。


これは自分の子育てでも感じたことにも関連し、
私の座右の銘でもある山本五十六氏のあの有名な言葉にも
ボトムラインはつながっていると思います。

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ
ほめてやらねば、人は動かじ。
話し合い、耳を傾け承認し、任せてやらねば人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば人は実らず。



さて、実際体験してみるとvtsコーチングというのは
メタ認知のもう1つ上、メタメタ認知とでも言えるよう。
ファシリテーターは、生徒たちの発言をメタ言語を使い
取りまとめて投げ返していきます。コーチはその全工程を
見守り、全体の流れを把握しながら、なおかつ
ファシリテーターの行動の良いところや改善点をメモするのです。
そして、最後に全体のふりかえりの時に
メタ認知と選び抜かれた問いを駆使し
ファシリテーターひとりのパフォーマンスを全体が
糾弾したり値踏みしたりすることなく
参加した誰しもが「よかったわ、学んだね、お腹いっぱい」
と思えるように場を支えながら引っ張っていきます。


U理論にも通じるしグラフィックファシリテーション にも
通じるところがある気がします。

vtsの講習はもう何度も受講してきました。
毎回その熱量と効果に感動。
「学びたい!」と思う人たちが世界中から集まっている集団の
中に身を置いていられるというのは光栄なことです。

さて、宿題宿題そしてvts関連の論文を全て読んでまとめよう。

自分がわかっている VS わかりやすく人に伝える

今日一日論文ばかり読んでいた。
ビジュアルシンキングストラテジーズに関しての理解がどんどん深まっている。
論文を読んで気になったところを深ぼりし、横道に逸れてさらに掘り進む、
なんとか元のみちに戻ってみると、体系的に理解が進んでいて嬉しくなる、
興奮する。

でもそれが今すべきことじゃない。


論文を読んでいるのはもちろん英語、そして私の理解もメモも英語、
学生としては、学習者としてはそれでいいのだけれど
今私に求められているものは、ビジュアルシンキングストラテジーズのメカニズムを
わかりやすい日本語でまとめたぺらいちの紙。
これがなかった為にいろんなチャンスを失ってきた。

そのペライチさえあれば、この教育を日本で広めたいという私の悲願がかないやすくなる。


場所を借りるにしても、協力者を見つけるにしても、誰かとユニットを組むにしても
オンラインで講座を開設するにしても、絶対に必要だ。


私のvtsビジュアルシンキングストラテジーズは対話型鑑賞ではない。
米国の本部の先輩に尋ねた、
日本ではvtsはart appreciation dialogueと訳されていることが多いのですがどう思いますか?
返事は「それは私たちのvtsとは違う」だった
居合道や合気道と同じ、流派の違いだ。
色々あっていいと思う。


私の流派は鑑賞というよりもとんがっている。
具体的には、参加者の絵の解釈の根拠の強さや論理的思考の精度を要求する。
世界中で行われているこの流派のビジュアルシンキングストラテジーズは
クリティカルシンキングや問題解決能力などの思考スキルを身につけるための思考の訓練なのだ。






小難しいことを小難しいままで理解して、仲間内だけで盛り上がっているうちは普及などできない。それは楽しくてほっとする場だけれども。


私の夢はもっとたくさんの人たちにこの教育の底力を体験してもらうこと。
そして、
事実と解釈を切り分けることが習慣的にできるようになってほしい。


人生にはうまくいかない時もある。
そんな、問題や困難な出来事に直面したときにこそ役立つ力が身につくのがvtsだ。
落ち着いて状況証拠を集め、根拠を精査し、論理的思考を働かせれば後悔が少ない決断にたどり着けるだろう。



vtsにハマる前の私は、日常の些細なことですぐ慌てふためき、白か黒かだけの選択肢しか見えなかった。

そんなのだから
結局、自分の決断には深く失望し
自己評価が低いままで生きてきた。
自分の認知が歪んでいるなんて指摘されても信じられない、
まがりなりにもこれまでの人生を、ずっとこの認知と二人三脚で生きてきたのだ。
そんなふうに思い続けていた以前の私は、
客観的に自分を見るメタ認知なんてものとは全く縁のない人間だった。

1度しかない人生、それも限られた時間に生きる私たち、
そんな生き方はもったいなさすぎる。


カップラーメンを発明した安藤百福がモデルの朝ドラを思い出す、
開発にはとても苦労していたが、
完成品のデモンストレーションでお客さんは即理解できた、
「お湯をかけるだけで食べられる!」

私のvtsは目には見えないお湯もかけられない
物理的に商品がないのが辛い、
そんなことを思いながらまだこうやって英語の論文に逃げている。あかん!


メタ認知スキルで傷つかない−2

さて、リモートワークショップを受けた際に先生が言った一言に反応した話の続きです。


「岡さんが英語のコミュニケーションの方が日本語より楽だというのは、母国語より制限がかかっているから楽なんじゃないですか?」



充実した講義が終了。
その後も、このことを頭の片隅に置いて考えていました。息子が小さい頃、口の中でずっとコーラ味のまん丸い飴をコロコロと転がしていたように。


無理をして書き出したりして結論や即答を急ぎませんでした。不思議です。今までの自分だったら、それは不安に直結するから嫌で嫌で、
力技で短絡的に(今思えば)ロジック破綻な答えをだし無理やりその分析が正しい、それしかないのだ、と思い込んで具合悪くなっていました。(書きながら相当恥ずかしいです)』




ではvtsがどう役に立ったのか?


これは、ts学習者としてではなく、
vtsファシリテーターとして獲得した力だと思います。ファシリテーターは3つの質問しかできません。私のコーチは常々言ってます、
「私たちvtsファシリテーターの武器は
 パラフレージングだけです」


受講者が絵画を観察し、言語化した発表を
ファシリテーターは単におうむ返しするだけではありません。メタ認知の力を使い、パラフレージング(言い換え)をして受講者グループに投げ返します。


さらに、受講者みなさんの意見を組み合わせたり対比させたりして、グループ全体でメタ認知が発動するように、もっていくのです。


私がこれまでのように、「もう、あの先生ひどい人、2度と会わないわ、サイアク」なんて思わず、「ためになったなあ、やっぱり人に教えてもらうって本を読むよりわかりやすいし楽しいなあ」と思えたのは、vtsファシリテーターとして80回以上の経験をつませてもらったからだと考えます。

来月から6週間にわたりvtsコーチになるための講座をオンラインで受けます。
時差がかなりきついけれど、好奇心がそれを上回る。

全編英語の上に、この教育に魅せられた志を同じくする旧知の仲間、
飛行機に乗らなくても本場のものが学べるとは!



vtsメソッドで訓練すると、
精神的幽体離脱が起こって
不必要に傷つかなくなる
それを体験した話でした。

メタ認知発動

今朝も世界中の仲間とVTS ・ビジュアルシンキングストラテジーズのファシリテーション 練習をした。



リーダーはミシガン州立大学付属図書館に勤務する特別司書のアン。かつて私の志望校だったこの大学は言うまでもなくトップの大学のひとつであり、わが言語学業界では特に有名だ。


ミシガン州立大学では司書を「本や資料を探してくれる人」とは扱わず、「論文を書いたり、研究をするために大学の授業ではカバーしきれない部分を教えてくれる先生」として位置付けているそう。「大事にしてもらってるの、私たち司書は」
そういうアンは、クリクリ目がかわいい、きっと小さい頃から好奇心のかたまりだったろうと思う。そしてその知識と言語能力、特に自分の思考を言語化する能力がエグい。


私「うらやましい!
  アンは生きたエンサイコロペディアだわ
  その脳みそを移植できないかしら
  私の脳とつなげてダウンロード
  できないかな。本当にすごい知識!」
そういうと彼女は返す
 「みほ、知ってるよ
  第一言語(日本語)だったら、
  あなたは私と全く同じ」

ありえない。
もし知っていてもあなたみたいに瞬時にわかりやすく言語化できない。
知っていること と 説明できること は
全く違うことだと痛感する日々。



練習会のメンバーは、昨年夏開催のファシリテーター研修講座のクラスメート。10回講座には毎回提出の宿題があり、これが苦しかった。論文(アビゲイルハウゼン、ピアジェ、ヴィゴツスキー、ベルフックスなど)を読んで、哲学命題のような問いに小論文みたいに答える。許されるのは1パラグラフだけ。
「こんなでっかい問い、どうやって1パラグラフにまとめられるねん!」とMacにむかい続けた。

さて参加者は前回に続き、
アンと私にオーストラリアの弁護士、米国で特定学区の教育プログラムの責任者(すごいえらい人)にゲストはニュージーランドにある美術館の学芸員。

「今日の1枚目の絵画は、うちの美術館のコレクションから持ってきたわ」



これだ!
学芸員の強み、
「うちのコレクション」



著作権の関係でここには載せられないけれど
とてもユニークな作品だった。若い頃のボブマーリーのよう、豊かなドレッドヘアが似合う男性の写真と手書きのもじが書かれた書類、おそらくパスポートのページ?、その上にたくさんの貝殻とビーズが散りばめられている。


ディスカッションにのぼったトピックは
・人種差別
・アフリカからジャマイカに送られた奴隷と
 その歴史
・アジアとアフリカ両方にルーツをもつ人の
 苦悩
・私たちがもつステレオタイプ
・意識していない人種差別の芽って誰の心の中にもあるよね
・考え続けることのしんどさ



私が最後に言った意見は
「どうしても私はパスポートみたいな書類に書かれている文字ばかり見てしまう。文字を読む方が絵の要素を見て『何を意図して作られたのか』『訴えたいことはなんなのか?』と考えるよりずっと楽。


 ということは、巷に流れるニュースでも
もしかして私は文字で書いてあったらフェイクニュースでも信じてしまいがちなんだと思う。



ここにうつる青年の顔も、合成写真かもしれない、アバターかもしれない、そもそも、男性なのか? なぜそう決めつけられるの? でも心の中では決めつけている。浅はかだとわかっているのに。」


全員深く頷く、
そして、教育委員会の偉いひとアシュレーが
言う

「やっぱ、たまらない、
 おもしろいねえ、VTS メソッド。
 学べば学ぶほどどハマりするね」



30分弱のvtsディスカッションが終わったあとは、ファシリテーター役のメンバーにみんなからフィードバックをした。(この内容は次号)


みんな同じことを感じたようで、
「見た瞬間、ドレッドヘア、ジャマイカ、
 レゲエ、ボブマーリー」って自動的に
 頭に浮かんできた。それがすぐに定着して
 この作品の要素を多角的に見られなくなって  いる自分に気づいたわ」


でた、metarecognition(メタ認知)
そしてcritical thinking



最近見たテレビ番組を思い出す、

「いやあ

 vts、

 ほんま

 すべらんなあ」