個人事業主になった


1昨日、税務署にて個人事業主登録を完了。

続いて日本フリーランス協会より入会オッケーの通知が届く。
業務に関わる保険に自動的に加入できるというシステム、
ありがたい。

誘ってくれている欧州の会社に契約する旨を伝える。


EUの税金システムを日本語で説明してくれる会計士を
見つければミッション達成だが、なかなかいないだろう、身近には。
六本木のものすごくキラキラした会計事務所にはいるだろうが
そんな料金は払えないし、こわい。

ここが難しいところで、当方はちんまりとこそこそと仕事をしてゆく業務形態。
そして米国や欧州のNPOや会社と取引があるだけ。

売り上げや支払いのどこまでに日本の法律が適用され
どこからがEUになるのか、やってみないとわからないと思う、
誰に頼むにしても。今、誰かを頼っても質問がわからない。
ということでそれは最初の締めの時、探すとしよう。
まずは「漫画でわかる個人事業主とお金」で知識の下地を作る。


ずっと相談に乗ってくれていた友人に契約することを伝えた、
彼はベルギーの貴族の出、とても喜んでくれ
「これからも不安な時はいつでも連絡してね」と言ってくれた。

そんな彼にお礼の「お楽しみ小包」を送った。
成城石井で買ったお茶に煎餅に、、。
Fragile(扱い注意)にすれば割れないだろう、とたかを括って行った郵便局、
「海外の荷物にはそれはないんですよ😢」と局員の一言。


歯が欠けるような草加煎餅は空輸に耐えられるだろうが
味噌味のおかきは完全に粉砕されるのではないだろうか?
彼は味噌味のする小麦粉のジャリジャリをどうするのだろう、
あの小さなダンボールの上に何トンもの荷物が置かれ、
あちこちの集荷場で屈強な男たちによって
ドッジボールの試合のごとく投げられる、、、。

次からは箱に入ったお菓子にしよう、そう決心した。

さあ、新しい職業人生の始まりだ、
みんなの助けを借りながら、
私もできることは助けつつ
一歩一歩登って行こう、階段を。








Two days ago, I have registered as a freelancer at a local tax office.

There, having expected to see many documents and countless blanks to fill in,
I was intimidated.

In the end, it was so smooth.
The whole process took only 10 minutes or so.


I have never imagined myself being a registered freelancer.

Next, I bought some insurance policies which was requirement
before signing the contract of a European company.


Anything could happen.


Through this process, I owe a lot to one of my friends in Europe.
To show my appreciation and friendship, I decided to sent some
fun present.

Yesterday, I brought this small package filed with Japanese rice crackers,
green tea and so on.
” Can I have that “Fragile” sticker?” I asked,
Apologetically(I doubt this is the right word..) she said
“We do not have that system for international shipping.”


It did exist long ago while I was studying in the U.S.

“O.K.” I answered, imagining all the rice crackers demolished into pieces.
No, maybe the hardest ones which could crack your teeth would remain O.K.
I hope so.


I wonder if they regard these pieces as my appreciation.

Life is filled with both regrets and new experiences!










その2年間・Those two years


「人生の楽園」という番組が好きだ。
都会で働いていた人が定年をきっかけに、
または早期退職をして田舎に住む様子が流れるテレビ番組だ。

転職後の職業は、農業やそば打ち、イタリアンレストランなどが多い。
そこで流れるナレーションにこんなものがある。
「〇〇さんは農業法人にて2年間の研修の後、独り立ちされたんですよ」
「地元のイタリアンレストランに弟子入りし2年間修行されました」
「有名蕎麦屋に弟子入りし2年間みっちりとそば打ちを勉強されました」

秒数にすると2秒くらいだろうか。

でも、この「2年間」は相当きつかったのではないかと
出演された皆様の心中をばお察しする。

というのは、私自身がやっと転職の目処がついたから。
気づくと2年半かかっていた。
まあ、私の場合は農地を借りたり飼ったり、
店を借りて厨房や冷蔵庫に内装を新しくするなんて
すごい出費はない。

とはいえ、日本と海外でたっくさんワークショップを受けた。
本もしこたま中古で買って読んだ。

この2年半の間いつも思っていた
「この入れ込みの先には何か待っているのか?
 これは単なる道楽や趣味で終わるのではないか?」

恥ずかしい話、何度泣いたかしれない。
片道分の切符しかない2年半の旅だった。


それが、昨日、スカウトされた。
いきなり、ずっと憧れていたある海外の会社からである。
一昨日までの私の精神状態と今との落差が激しくて
腰が抜けた感じが持続している。


私の嵐の2年間も数秒のナレーションで終わるのだろうか、
(出演予定などまるでないけど)
「この方は英語教師を辞めた後、2年半、日本、米国、ドイツなどで
 修行をされました」

ありがとう、私の2年半。
数秒では語り尽くせない、暗い濃い日々でした。



One of my favorite TV programs is “Paradise of your life”

It is a documentary of a retired couple, most of the time.
They quit their job, do some training and start a new professional life.

Most of them are a couple in their 60s and after 2 years of training,
they open an Italian restaurant, Soba (buckwheat noodle) restaurant
start farming.

One thing I noticed is the lightness of the way the TV program handle
the training period. There is no photos for the understandably harsh period.
Instead, the narration goes, “After two years of training at a local Italian restaurant,
they opened this nice Italian restaurant in this countryside. Then the drama
starts from the appearance of the building. Wow, how fast!


Yes, I must admit that I liked the way they put the dark period for a few
seconds in narration. I did not want to know any harsh reality.

Nevertheless, now I feel totally different.
I want to know how many times they cried. ..as I did.
I want to know how desperate they were…. as I was.
I want to hear them using Subjunctives, especially of past perfect:
I should not have started this, as I repeatedly used.


Two days ago I got an offer from a company I love,



Just now, I can feel that my two and a half years was over, finally.
I will have never lived the two and a half years by the end of my life.